
『未熟の人』でスタートしたO JUNのこのプロジェクトは、2月1日から3月3日までミヅマアートギャラリーで開催された『遊園』を終え、2年ぶりにまたvoid+に戻ってきた。
2人の美術談義は、『遊園』の作品を中心に、仲世古のほぼ独断的解釈に基づいた質疑に対して、画家O JUNがその一つ一つについてを丁寧に受け答えながら進行していった。
家というテーマや、絵画の形式、物語と言葉の関係、画家と都市の触覚、主体と日本の関係など、内容はO JUNの描く絵画の深淵へと近付いていき、1時間半があっという間に過ぎていった。
「僕にはこの火事で燃えている家を指差している女が、なぜか拉致された人物のように見えるんだよね。」
「そうですか、自由にイメージしていただいて結構です(笑)。本屋で偶然目に入ってきたポスターか何かのイメージがこの女の絵を描いた動機なんですが、本当にこんなイメージだったかどうかは判然としません。」
「Oさんの絵に登場してくる人物は、どれも何か”事情”をかかえている。Oさんは、人物を瀬戸際に立たせることで風景というものを見ているように僕には思える。」
「ぼくは”人間”という悲喜劇そのものに、いい加減飽きてきて、その原理原則から1メートルでも1秒でも脱走したいと思っている。」
対談の後、サプライズとして2人のパフォーマンスがvoid+で行われることに。

写真にあるのは、20年前にO JUNが作った真鍮の巨大なペンとバナナです。
そのペンを使って壁にドローイングするO JUN。
このパフォーマンスは2人が尊敬していた美術評論家、故中村敬治氏に捧げるために行った。最後は、Oさんの用意したバナナをみんなで食べて、改めて先生を弔い無事にパフォーマンスは終了した。














