
04.11.17

Gallery - MIZUMA ART GALLERY
O JUNが所属するミヅマアートギャラリーは、
若手現代美術作家をいちはやく紹介し、展覧会の他に興味深いイベントも企画し、
精力的に活動を続けてきているコマーシャルギャラリーです。
04.12.28

ドキュメント 01
最初の打ち合わせ・2004年12月28日(南青山ドラゴンカフェにて)
「・・・今度の新作では、マルキ・ド・サドの肖像を描こうと思ってるんだよね。」(O JUN)
「エッ!サドなの。僕は”病める暴君”というタイトルを今、考えている。」(仲世古)
二人のやりとりを、プレスの小椋路子が観察するところから、このプロジェクトはスタートした。
04.12.29

ドキュメント 02
05.01.15

ドキュメント 03
二回目の打ち合わせを、O JUNとする。
(2005年1月15日・吉祥寺のとある居酒屋にて)
「今回は、サドという”自然”の風景画です。一点は、イラクの少年テロリストの人物と、もう一点は何か静物を描きたいと思っている。」(O JUN)
「・・・あの後、年が明けて考えたんだけど、展覧会のタイトル、”未熟の人”というのはどうだろう?なんか、パッと言葉が降りてきた。」(仲世古)
「火宅の人、無能の人、ときて未熟の人か。いいですね。それで行きましょう。」(O JUN)
新年の酒に酔いながら、O JUNは新聞紙を取り出し、今回のプランのドローイングを、ササッと描きだす。その指の動きに、何か震えるものを感じる。寒い夜であったが、大人の仕事を見せてやろう!と、堅い握手をして家路につく。
05.01.18

ドキュメント 05
05.01.21

ドキュメント 06
O JUNに返事を書く。
O君の手紙は、サドとコトと個人を全方位的に見渡したもので、
奥深きテクストであった。
キュレーター側の僕に、良いヒントを与えてくれ、そのテクストを読みながら
アイデアが浮かんだので、すぐにファックスで返事を書く。(仲世古)
05.02.03

「未熟の人」 テキスト
Oさん,先日はありがとうございました。君のアトリエを訪ねるのは随分とひさしぶりでしたが、今度の訪問はちょっと僕には不思議な体験でした。件の小学校前でタクシーを降りて、すぐの路地を右にまがると見覚えのあるアパートがありました。あっ,ここだここだと思いながらアパートの隣のお宅の庭に出くわしたとき、おやっ、と思ったのです。
庭の落ち葉を焚いたあとが、何処かで見たような景色だと思い、懐かしい気がして、すぐに、中学2年生の頃にはまっていた「漫画家残酷物語」の中の、あるシーンに似ていることに気づきました。漫画の中に出てくる、武蔵野に住むひとりの老漫画家は、あるとき今まで自分が描いてきた作品をすべて自宅の庭で燃やしてしまうのです。そのシーンを当時14才の僕が、何をどう思って読んでいたかは判然としませんが、今になって思うのは、何か、意味に導かれるために、風景は用意されているように感じられることです。
風景は、客観的に僕たちを眺めているように思います。誰しも、ある風景に出会い、あるイメージを抱いたり、それを主観的に美しいと云ってみたり、僕たちは風景を都合よく額縁に入れようとしますが、風景はときには血に塗れ、乱暴をはたらき、幻滅させたり、欲に乱れたりします。そして、今回の僕のケースのように、フワーッとした日常の中に、おかまいもなく、思い出したみたいに、「ほら、こんな意味を考えてみろ!」みたいに、命題をつきつけてくる場合があるようです。
そういう瞬間に遭遇すると、僕は一応人間として生きているので、ちょっとキザですが、「存在」という存在がスッと顔を覗かせ、何か肉体と精神の両方からせっついてくるように思えるのです。
» 続きを読む05.02.03

Curator - 仲世古佳伸
| 1955年 | 三重県生まれ |
| 1980 | 大阪芸術大学芸術計画学科卒業 卒業論文「感性の終焉」がグランプリになる 卒業後(株)イガラシステュディオに勤務し、五十嵐威暢のもとでCI・サイン計画などの仕事に従事する。 |
| 1991 | 仲世古佳伸スペース設立 デザインのアートディレクション、クリエイティブディレクション、美術批評、作品制作、展覧会のキュレーションなど、アートという視座から多義的な表現活動を行う。 |
05.02.03

O JUN 略歴
| 1956 | 東京に生まれる |
| 1980 | 東京芸術大学美術学部油画科卒業 |
| 1982 | 東京芸術大学大学院美術研究科油画専攻修士修了 |
| 1984-85 | スペイン バルセロナ滞在 |
| 1990-94 | ドイツ デュセルドルフ滞在 |
| 1999-2001 | 東京芸術大学美術学部油画科非常勤講師 |
| 2003- | 東京造形大学絵画科非常勤講師 |
| パブリックコレクション:国立国際美術館(大阪) | |
05.02.07

ドキュメント 07
05.02.16

ドキュメント 08
中世古さんは、成熟した人を誰か知ってますか?少なくとも僕らが生きている時代のなかで。芸術家は残念ながら皆ダメですね(笑)文学、音楽、哲学、政治、どの領域も恐らく全滅ですね。では、表現とは未熟であることの証しですか?人が未熟で作品が成熟していることはありますかね?それを見る(受け取る)者が未熟であるならどこでそれが成熟していると判断できるのでしょう?『カタチ』とはつくづくダメです
ね。でも、どうして僕たちはカタチに溺れるのでしょう。この感情は始末に困ります。
未熟者ですから。中学生くらいの時分にほんの一時期、変にココロが深くなった時があります。なんの手掛かりもないままイタズラに時が過ぎてゆくなかでただ風景を眺めていました。感傷ともちがい、見える景色がいちいち納得できる?そんなふうに変てつもない風景を見れた時がありました。あれはなんだったのでしょう。もちろんその事を絵にも言葉にも残していません。その記憶をもっているというだけです。外に対して形にする術をもたずに内部に映し込む風景だけを確実に見ていた。あの「確実」や「精度」を、現在の僕はやはりカタチにして誰かに伝えることはできません。
見たモノを手がなんなくなぞれたことは僕は五十年近く絵を描いてきて、たったの2回しかないのです。僕はそれを、「第一日、第二日」と言ってます。24の歳と四年前でした。いずれも風景画です。でも、成熟かといえばやはりちがうのです。「ちがう」、を「違う」と書かないのは「違わない」「正しい」が対語の関係にはないからです。未熟ではあるけど、第三日を迎える日を待っています。話しがあやしくなってきました。成熟の人を誰か思い浮かべるとしたら、僕は、マザー・テレサです。水をください、と乞う人に、ただコップ一杯の水を与えたから、という理由で。ではまた。
中世古佳伸様
O JUN
05.03.16

ドキュメント 09
今展に出品する作品のすすみ具合を確認するためにプレスの小椋さんとO JUNのアトリエを訪問する。
最初展示する作品の数は2点だったが、いろいろと思考を重ねた結果、3点展示することになるらしい。メインの少年を描いた絵は、ほぼ完全にできあがっているが、展覧会のお披露目までは画像は見せないことにする。
今回、日本画の顔料を初めて使用したようで、今までの作品と比べて発色がすごく良かった。Oさん曰く、本当は日本画の顔料の描き方としては御法度らしいのだが、特にオレンジを使った部分がなにかこの色でなければ伝えられないような鮮やかな色彩だった。「展覧会まで楽しみにしていて下さい。」
05.04.07

ドキュメント 10
この三坪の小さいスペースに、170cmの作品を3点展示するのだが、フレームが鉄のため作品はかなり重い。最初に正面の少年の絵が、ピタっと決まった段階で、この白い箱の空気がキリリとしまってきた。左側に展示した船の絵のストロークの、なんという美しさ。右側には壁紙の役割をもつ、なにか抽象的な図柄の絵が展示される。この3点の奇妙な関係から生まれる緊張感。
無事に搬入作業を終え、記念撮影をする。Oさん、皆さん、ごくろうさまでした。
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05.04.08

ドキュメント 11
春も満開、ついに展覧会がオープンした。
初日ということもあり、ミヅマアートギャラリーの三潴さん、スタッフの皆さん。アーティストの松蔭浩之さん、長谷川繁さん、アートプロデューサーの安東孝一さん、アートライターの住吉智恵さん、他たくさんのゲストの方に来ていただいた。
毎週金曜日はフライデーナイトサロンと銘打ち、O JUNと仲世古がワインを用意して待っております。よかったら是非夕方5時から8時までの間、立ち寄ってみて下さい。
05.07.31

ご挨拶
O JUN展が終わって、早三ヶ月が立ちました。場所もまだ知られておらず、また、オープン時間も平日は夕刻のみという変則的なギャラリーとしてスタートしたにもかかわらず沢山の方が来てくれました。改めてO JUNさんの人気と交流の広さを実感しました。
今回の展覧会は多くの人との出会いと、そして、別れがありました。この展覧会を楽しみにしていて、観ることが出来ずに亡くなった美術評論家の中村敬治さん。また、void+のオープニングにも来て頂いた岡本敏子さんもこの展覧会を観て頂くことができませんでした。ご冥福をお祈り致します。
OJUNさんの作品によって、この小さな空間は、意思と記憶と自然を詰め込んだ、無限の広がりを持つ場所になりました。今は、何も無い、白い壁に囲まれたVOID+として、ただ、鉄のフレームを取り付けた痕跡を残したまま修復の時を待っています。
次回は9月9月ー10月8日 田中功起「原因と結果」展を行う予定です。11月には牧かほり「箱庭」展と続きます。
今回、協力して頂いたミズマアートギャラリーそして、東京造形大学のボランティアの皆さん、DMの印刷を協賛して頂いた長野印刷の遠藤さんに感謝いたします。


